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第三十三番・赤池観音 [球磨~!]



場所人吉市赤池水無町
<地図>
駐車場なし

観音堂には聖観音と菩薩二体が祀られている。観音像は色鮮やかなヒノキの一本造りで室町時代の作らしい。
お堂のまわりにはたくさんの五輪塔や宝塔が建つ。この観音様で三十三観音廻りの旅が終わる
パンフレットに「高い石段を上ったところにお堂はあります」とありまた栖山観音
再現か?と少し身構えて行ったのだが意外と大したことのない石段。

それよりここは案内板が不親切なのでたどり着くのに苦労した。カーナビでもあれば
熊本県道102号線に沿って走ればいいのだがそんなものはない俺にとっては地図だけが頼り。
だがこれだと思われる道はなんかやたらと山奥の趣をたたえてきたのだが???
それでも信じて走るとようやく小さな集落と案内看板が。やはり番号が最後ということで
ここを俺は最後の目的地にしたため結構意地で走り回ってしまった。

元々城跡だというが敷地はそれほど広くない。それより案内にあるように数多くの仏塔などが
建っておりああ、古くからここはあるのだなぁ、としみじみ感じさせてくれる。
俺は車で慌しく走り回っただけだがじっくり時間をかけて廻られた方にはきっと感慨も
ひとしおであろう。


で、車で廻ってみて感じたことを最後に。
何度か書いたが一部の観音堂はあまりに道案内が不親切すぎる。
お彼岸など一斉に開帳されることもあるのだからそういう時に廻ってみよう、という方には
かなり大変なことになりそうだ。迷ってようやくたどり着く、というのは非常に楽しいものでは
あるがそれが楽しいと思う人ばかりではあるまい。

文化財等に指定されていなくてもこれらは全てこの土地の宝でありずっと伝えていくべきもの。
その点からいえば一部の観音堂は荒廃しかけているような感じを受けた。おそらくは
定期的にお参りをされ、掃除などを欠かさないのは近くに住むご高齢の方々ばかりであろう。
なかなか若者はこういうものには興味を持たないと思うがそれならばご高齢の方々にのみ
その責を負わせるのではなく地域全体、それこそ中高年の方々が中心になってもっとこれらの
活用を考えるべきではなかろうか。

仕事が、育児が、とか理由はいくらでもつけられる。ただ、それで逃げた結果いつの間にか
土地の宝をなくしてしまうようなことにならないことを祈るばかりである。

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第十三番・観音寺観音 [球磨~!]



場所人吉市願成寺町 <地図>
駐車場あり

観音堂は観音寺境内の奥にあり、中央にご本尊の聖観音立像、右に釈迦如来、左に阿弥陀如来を安置する。
観音寺は1385年ごろ建てられたとされ、四国八十八ヶ所のミニ観音様も奉納されている
第一番の清水観音のすぐ隣のような場所にある。とはいえ直接行き来できるわけじゃない。
観音寺の入り口は川に沿った県道沿いにあるのだがここが全く案内の類がないので迷う。
しかも入り口はお世辞にも広くない。ついでに県道はやたらと交通量が多い。
ということである意味非常に入りにくい観音堂である。(パンフ見たら願成寺入り口の横から
入れるっぽい表記してあるが無理)

だがそのような困難を乗り越え境内に入ると結構な数の仏像に出迎えられる。
観音寺という寺の境内なので観音堂以外にちょっとした林の中に多数仏像が存在するのだ。
人によりいろいろな捉え方をするとは思うが(おそらく薄気味悪いと感じる人もいるだろう)
俺はこういうのは結構好きなのだ。

案内にもあるがこの観音寺の創建は古くこの地方で初めて施餓鬼供養(先祖等のみならず全ての
ものを供養すること)が行われたのもここだということだ。観音堂自体の歴史はどうなのだろう。


第十一番・永田観音 [球磨~!]



場所人吉市瓦屋町<地図>
駐車場なし

芦原観音は現在は聖泉院境内にあるが、もとは大村の芦原にあり、施無畏堂と呼ばれていたらしい。
ご本尊は聖観音立像で、お堂は享保12年(1727年)に建てられ、厨子は当時のままと言われている
案内板には「芦原観音」とあるので上の説明は芦原となっているが今は永田観音と呼ばれている。
芦原の由来は上にある「大村の芦原」(現在の人吉インターの辺り)から来ているんだが
明治に移されてきたものだそうな。で、古い案内なんかだと未だに「芦原観音」って普通に
書かれてる…というよりネットで調べてみても圧倒的に芦原の方が多いなぁ。
永田観音、は福島に同名のものがあるようでそればっかり。

これなら改名する必要ないじゃん…と思った俺。

場所は臨済宗のお寺の境内。余談だがお堂のすぐ目の前にお寺の方の自家用車?の軽が
置いてあってちょっと面食らってしまった。駐車場は上にはなしと書いたがあるのかもなぁ。
俺は失礼してちょっと広くなっているところに停めてこんな

階段上がったんだが。


青井阿蘇神社 [球磨~!]

観音記事が気づいたらあと3回で終わりなんでその前にこれを滑り込ませておこうと思った俺。

人吉駅からすぐそばのところ、もう地図貼る必要もないだろうというというところに
あるのがこの青井阿蘇神社。阿蘇山の麓にある阿蘇神社の分社の一つ。

前書いたがK県は廃仏毀釈で古くからの寺院がことごとく壊された。
神社はその代わり篤く保護されたためこのような大きな神社がもっと残っていてもいいような
気がするのだが神宮系のものがいくつかあるだけでしかもそれらは

このような立派な門などの建造物があるわけでもなかったりする。大きな鳥居はあるけどね。

スピリチュアル?だかなんだかそういうのは全然よくわからんがやはり

こういうのを目の前にすると、というか上で貼ったような門をくぐったりすると何か
厳粛な雰囲気、というか背筋が伸びる感じはするよね。

人吉駅からすぐだし大きな駐車場もあるしで人吉行ったらまずここは行っとけ?
的なスポットである。


第十番・瀬原観音 [球磨~!]



場所人吉市城本町<地図>
駐車場なし

言い伝えによると、永国寺の和尚が承応2年(1653年)ごろ寺内にあった相良某夫人の化粧部屋とかをもらい受け、檀家七軒を作って隠居したお寺だというが定かではない。
ご本尊は聖観音立像
今まで何となく恐れ多くて開帳されてても直接仏像を写すことはしてこなかったんだが
ここに関してはもうどうしようもない。観音堂ではなく鉄筋のビルの一室のような感じなのだ。
というわけで初めての、そして最後の直接観音像写真、ただし携帯のしょぼいデジカメで、
と相成ったわけだ。

場所は地図見てくれるとすぐわかるが人吉のメインストリートというのか大きな温泉旅館が
立ち並ぶところにある。俺はこの日早朝に行ったんで失礼して路上駐車したんだが日中に行くなら
どこかで駐車場に止める必要があるだろう。人吉駅から十分散策もできるので鉄道などで
旅をする人も軽く足を運べはするな。入り口の写真を貼るので行ってみたい方は参考に。

この写真撮った以降も何度か人吉行ってるんで(ほとんど仕事で)ここの前通ったりするんだが
お寺系の幼稚園か保育園なのだろうな。保父さんに引き連れられて20人ほどの園児が入っていく
のを見かけたこともある。

最初に述べたようにお堂はないのだが観音像が安置されている室内からはまた球磨川~
人吉城が一望できる。写真撮ってないんでなんともアレだが。
まぁ行った方のお楽しみということで。


ちなみに解説に出てきた永国寺ってのは人吉市内では「幽霊の掛け軸がある」ということで
非常に有名な観光スポットとなっているお寺。ひとまず山門だけ。

掛け軸は常時開帳されてるので興味のある方はどうぞ。初夏にはお墓の中を人魂ではなく
蛍が飛び交うなかなか風情あるお寺なのだ。場所はここ
市内には案内がいくらでもあるけどね。


第九番・村山観音 [球磨~!]



場所人吉市城本町<地図>
駐車場あり

ご本尊は千手観音立像で、観蓮寺の観音堂に安置されている。高さは2メートルを超える。
本堂内に安置されている金銅仏もまた見事。お堂は別名「大悲殿」といわれ、慈悲深い観音様と慕われている
人吉駅裏には小学校や高校があるちょっとした台地のような場所がある。
その山中にたたずむのがこの観音堂。とはいえ他の観音堂と違って観蓮寺という真言宗のお寺の
境内にあるため観音堂めぐりというよりその立派なお寺めぐりをしている感じを受ける。
特に拝観料などはいらないようなのでご安心を。ちなみに九州八十八ヶ所霊場とやらの
ひとつでもあるそうな。この観蓮寺。

ここ見に来る方々には釈迦に説法なのかもしれないが「大悲殿」っていうのは別に悲しいわけ
ではなくこの「悲」は「慈悲」の「悲」であり元々は苦をなくすこと、という意味。
さらに大悲とは(「だいひ」で一発変換できるなぁ)仏による全ての人々への慈悲の心を
表すのだそうな。

本来の参道は人吉駅裏の古墳群そばから伸びるものだそうだが上り口が確認できなかった。
また、案内板には「高さ2メートルを超える」、パンフレットには「2メートル近く」、そして
某サイトでは「167cm」とあったんだが…どれが正しいんだ???


第八番・湯の元観音 [球磨~!]



場所人吉市温泉<地図>
駐車場なし

温泉町にある湯の元観音。ご本尊は聖観音立像で室町期の作といわれている。もともと温泉町は林温泉といい、ここの湯の元だという意味ではないだろうか。
お堂の鰐口には”天保4年(1833年)4月──”と刻銘されている
前回書いたように人吉市には温泉が多いんだがそのままの地名、そして観音様である。
この辺りは実際人吉温泉でも最古のものが多く一番の老舗旅館である(現在の人吉の大規模な
温泉の先駆けとなったらしい。1910年に掘削された)「翠嵐楼」、建物が明治~大正ロマンと
言っていいような趣を持つ「たから湯」などこの観音堂のすぐそばには温泉旅館が立ち並ぶ。

そんな街中にある観音堂は本当にひっそりとたたずんでいる、といった雰囲気。
きれいに掃除され、花が供えられ。きっと周りの人々、そしてそれはこれら旅館の人も含め。
に親しまれている故だと思うんだが。

この辺の旅館宿泊する機会があれば是非少し立ち寄ってもらいたいね。観音堂のすぐそばには
イチョウの大木もあっていい雰囲気。


第七番・石室観音 [球磨~!]



場所人吉市下原田町<地図>
駐車場あり

石水寺境内に観音堂がある。立派な厨子の中に、ご本尊の木造聖観音坐像が安置され、台座には”昭和29年9月大修理塗替──”と書いてある。
坐像と一緒に聖観音立像と二体の童子もあったが十年ほど前童子は盗まれ未だ行方不明という
大学生のときだったかな。初めて人吉に行ったのは。

夏休み九州一周ツーリングをしたのだ。柄にもなく親父に頼み込んで半額出してもらって
イタ車に乗ってた。そこそこ新しいモデルなんできちんと普段からメンテしてれば特に
トラブルもなくツーリング中も別段大きなトラブルもなかったんだが人吉に着いた俺は
まだ別に仏像とかに興味があったわけでもなかったんで温泉入って適当に観光しようと
考えていた。金がないから無料のところばかりな(笑)

ツーリングのお供は今も愛用してるツーリングマップルなんだがそこに「石造りの立派な山門」
と書かれてるところ、石水寺が。結構市街地から離れてるがバイクで行くから問題ないか、と。
で、その「立派な山門」は大分の「青の洞門」みたいなトンネルなのかとか勝手に想像して
見に行ったんだが実際は

こんな感じ。ちょっと拍子抜けしたのはまた事実だがいやいやこれはこれで趣深いんだろう、
とか適当なことを考える俺。まぁ山門はそんな感じだったが周りの

のような石橋、

のような堂々としたたたずまいとまた花木に囲まれたその全体的な雰囲気はまだあまり
この手のものに興味を示していなかった俺にも結構来るものがあったというか、
たぶん俺が今のような趣味を持つに到ったのはこの寺の存在も結構大きかったんじゃ、
と今になっては思うのだ。


で、観音堂だが実は
石水寺には何回か行ったことあるがこの観音堂の存在は全く気づかなかった
という体たらくっぷり。いや、まぁ気づきそうなもんだけど境内でも外れの方にあるというか
どうしても周りの石造物に目が行ってしまうというか何というかフニャフニャ。

寺自体は1417年の開山だそうだがおそらく観音堂は1520年に境界争い(原田喧嘩)がおき
廃れていった石室寺の本尊を移したものといわれているそうな。


第六番・嵯峨里観音 [球磨~!]



場所人吉市下原田町<地図>
駐車場あり

「さがりかんのん」と読む。”さがり”とは地形的に一段下がった所の意味ではないだろうか。
ご本尊は十一面観音坐像で、江戸時代中期の作といわれる。最近、公民館がお堂の後ろにでき、観音堂も新築された。
多少知識があれば読めない漢字ではないがそれよりその由来に唖然。この辺の地名(小字?)を
嵯峨里というんだが球磨川右岸、というか球磨川の支流である馬氷川のすぐそばのようなところ。
実際もっと北の方は小高い丘になっているからこの辺が一段下がっているといえばそうなんだが…

パンフレットによればご本尊の胎内から1752年に彩色されたとの記述があるそうな。
また、鰐口(鳴らすやつね)は1778年に奉納されたとある。江戸時代中期という解説文に
間違いはないのだろう。おそらく相良三十三観音の多くが似たような時期に建てられた
のではなかろうか、と思うんだが。

公民館はいつ建てられたんだろう。今度定礎見に行ってみよう。そうすれば観音堂にある
解説文がいつごろのものかわかるわけで。

余談だがこの辺は俺が人吉市内では一番お気に入りの温泉があるため観音堂云々の前から
結構この辺の地理に明るかったのだ。その温泉のこともそのうち書こうかね。


第四番・三日原観音 [球磨~!]



場所人吉市下戸越町<地図>
駐車場なし

「さんじがはるかんのん」と読む。ここについては何の文献も残っておらず、ただお堂の香炉台に”奉納三十三所、享保十一丙午(1726年)八月吉日───”と記されている。
ご本尊は聖観音で、現代作のようである

こりゃ確かに読めないね。難読だわ。場所は球磨川のほとり。
人吉中心部からだと西瀬橋というところを渡らなければたどり着けない(下流側の橋と
道路がつながっていないのだ!)半ば陸の孤島的なところにあるが実際はそれほど遠いわけ
でもなく普通の住宅地が回りに広がっているのである。

ここは前書いた鵜口観音同様小高いところにあるので(鵜口観音のように崖の中腹
ではなく丘の上)観音堂からはやはり球磨川~人吉市中心部方向が見渡せる。

別に休憩できるようなところがあるわけではないんだが草ぼうぼうで荒れているわけでも
ないのでここに弁当持っていって適当に座って食べたらなんかすごく美味そうだなぁ、
とか思ったのだ。(ごみは持ち帰るように)
残念ながら時間が押していたんでその実現はならなかったが。また、観音堂のすぐ下の県道沿い
には水路も流れておりまた余計に雰囲気を盛り上げてくれる。
おそらく人吉市内の観音堂では一番の良い景観であろう。

観音像は確かに塗装とかも劣化しておらず新しいなぁ、とは思わせてくれた。
ただいくら文献が残っていないとはいえそういう新しいものに関しても何も記録がないのは
おかしいと思うのだが。(もこういうことがあったなぁ)


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